〜VOL6〜 読谷村座喜味 強行着陸した義烈空挺隊「義烈空挺隊玉砕の碑」

四面楚歌の中、滑走路に強行着陸した「義烈空挺隊」

先日紹介した掩体壕の横には「義烈空挺隊玉砕之地の碑」が立っています。

「義烈空挺隊(ぎれつくうていたい)」とは敵に占領された飛行場に強行着陸をして、飛行機や飛行機の破壊を目的とした部隊です。
義烈空挺隊は、沖縄戦で初めて実戦となりました。

アメリカ軍が日本軍の司令部の首里に迫った5月24日、熊本の飛行場から飛びたった12機は沖縄を目指します。途中4機が機材不調で引き返しましたが、8機が沖縄上空まで飛来しました。

そのうち5機が北飛行場(読谷飛行場)まで接近。しかしアメリカ軍の対空砲火で撃墜され、1機だけがアメリカ軍に占領された北飛行場に胴体着陸しました。

アメリカ軍の中にたった1機。

それでも着陸と同時に乗員兵は飛行場に乱入し、手榴弾や拳銃で飛行機や空港設備を破壊しました。
一時、滑走路が使えなくなる戦果をあげるものの、この作戦で強行着陸をした乗員兵全員が亡くなりました。

生きて帰れない作戦としては、特攻隊の任務が思い浮かびますが、義烈空挺の任務も生きて帰れぬ壮絶な作戦でした。このような特攻作戦は沖縄では常時行われていくのです。

「義烈空挺隊玉砕之地の碑」 のすぐ隣には「掩体壕」がある。

現在、北飛行場の遺構らしきものはありませんが、このあたり周辺は高台ですが、起伏がなく平坦な地形になっているため、滑走路の跡だったというのはイメージがつきます。

「義烈空挺隊玉砕之地の碑」は滑走の跡地(といっても現在はサトウキビ畑ですが、)に立っています。先日紹介した掩体壕のすぐ横にありますので、すぐに見つかると思います。
掩体壕を見に行く際は、是非「義烈空挺隊玉砕之地の碑」にも目を向けて下さい。

あわせて読みたい【 読谷村北飛行場と掩体壕】

【義烈空挺隊玉砕之碑】

住所
沖縄県中頭郡読谷村座喜味2079
駐車場
なし