〜VOL22〜 那覇市金城町の戦跡 戦死した学徒兵を祀る「一中健児の塔」

太平洋戦争では10代の学生など、多くの学生が戦場に動員され亡くなり、青春時代を奪われました。

戦争が激しくなると、兵力不足を補うため学生たちも招集されていきます。学生を徴兵することをを学徒出陣とよばれていました。1943年の東京神宮外苑での、出陣学徒走行会が有名かと思います。

1943年の最初の学徒出陣以降、多くの学生が戦場へ行きしたが、沖縄でも沖縄戦が始まる前から、多くの学生が動員、学徒隊が組織されました。

その中でも県下一の秀才高であった沖縄県立第一中学校(現在の首里高校)の学生たちの戦争を紹介します。

沖縄戦の学徒隊

沖縄には21の旧制中学があり、沖縄戦では、これらすべての生徒が法的根拠もないまま戦場に動員されました。

解説:旧制中学
戦前の学校制度の中の学校の一つで、現在の高校にあたる。当時は単に「中学校」と呼ばれてた。

それぞれ学校ごとに部隊の名前がつけられました。(複数の学校の生徒が所属したいた部隊もあります)

一番有名なのは、沖縄県立第一高等女学校で編成された「ひめゆり学徒隊」ではないでしょうか。
その他、「白梅学徒隊」「鉄血勤皇隊」など様々な学校の生徒・先生で編成された学徒隊がありました。

そのほとんどの学徒隊が戦場で軍のサポート、中には実際にアメリカ軍に攻撃をした部隊もあり、多くの学生が亡くなりました。

今回紹介する沖縄県立第一中学校(以下:一中生)の生徒が所属していた「鉄血勤皇隊」では、沖縄県の調査によると、半数の方が亡くなりました。

半数の生徒が亡くなった「鉄血勤皇隊」。
「鉄血勤皇隊」に配属された一中生はどのような行動をしていたのでしょうか。

沖縄戦下の一中生

アメリカ軍上陸直前の1945年3月27日、砲弾の飛び交う中、最後の卒業式が行われました。

翌28日、卒業生と3年生は軍命により、「鉄血勤皇隊沖縄一中隊」が編成され、最年少の2年生は「電信第36連隊」へ志願入隊しました。その数「鉄血勤皇隊沖縄一中隊」は220名。「電信第36連隊」は115名。

一中の位置する首里は、第32軍の司令部があり、激しい戦闘が日夜行われました。

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学徒隊は壕の構築や食糧確保、伝令、通信用の電線の保線作業など当初は後方支援にあたりましたが、アメリカ軍の砲撃などで死者もでました。

ますます戦禍が激しくなってくると、「鉄血勤皇隊沖縄一中隊」や「電信第36連隊」は様々な部隊に配属され、5月15日首里を離れ南部に撤退しました。

南部での戦いでは更に凄惨を極め、学徒隊は切り込みや戦車への体当たりを命じられ、直接戦闘に駆り出されることになります。

その後、南部での徹底抗戦を続ける日本軍と行動をしますが、多くの戦死者を出します。
その数290名。中には12歳、13歳の生徒もいました。

大人と同じようにアメリカ軍と戦った彼らは、学業半ばにして戦場に駆り出され、そして多くの生徒が亡くなりました。大人たちや国に翻弄された生徒たちは、さぞ無念だったことでしょう。

現在一中の敷地内に、「鉄血勤皇隊」に動員され、命を落とした一中生・教員を祀る塔が建立されています。

一中健児の塔

那覇市の首里城から歩いて15分ほど、住宅地内に「一中健児の塔」があります。

塔は1950年4月30日に一中生の同窓会の浄財により、元同校寄宿舎「養秀寮」跡に建立されました。

狭い住宅街の中にありますが、塔がある敷地は広く整備されております。

背後の斜面には壕がいくつか残っており、歩道が整備され見学ができます。

これらの壕は戦時中に生徒らによって掘られ、動員後の活動の拠点や武器弾薬の保管場所として使っていました。

更に敷地内は資料館があり、犠牲となった学徒を追悼し、平和の尊さを伝えるために生存者や同窓生達をはじめとする有志によって作られた手づくりの展示で、沖縄戦当時に想いを馳せることができます。

展示室では一中学徒隊の動きを解説し、関係者から寄せられた遺影や遺品、戦前の学校生活を物語るノートや教科書、衣服などを展示しています。

印象に残ったのが遺影です。遺影の中の生徒はとても幼い顔をしており、とても戦場へ行って戦う姿は想像できません。平和であれば青春を謳歌し、学生生活も更に充実できたかと思うと胸が痛みます。

遺書には軍国主義的な言葉と家族を思う言葉が交差し、複雑な心境を書き留めています。

動員は半ば強制だったようですが、そこに法的根拠はあったのか、何故、学生が戦場に出なければいけなかったのか、どういう気持ちで戦ったのか、学業半ばで命を落とした学生達に恒久の平和を約束するため、生存者が少なくなった今、考えなくてはいけないのではないでしょうか。

尚、見学は無料で、曜日によっては、案内人が解説してくれます。私が訪問した際は見学者はいませんでした。職員に伺うと、修学旅行生が訪れることもありますが、数は少ないと仰っておりました。

首里城や世界遺産玉陵からも近いので、是非観光客も訪れてください。

一中健児の塔

住所
沖縄県那覇市金城町1-7
電話番号
098-885-6450
資料館開館時間
10時~17時
資料館休館日
土日
資料館入館料
無料
駐車場
あり