〜VOL1〜 北谷町砂辺の戦争遺跡「アメリカ軍上陸地モニュメント」  

※この記事には広告を含む場合があります

当サイトの記事には広告として、アフィリエイトプログラムが使用されています。アフィリエイトによって得られた収益は、より質の高い情報を提供するために当サイトの運営費に充てています。

当サイトの円滑な運営のため、読者の方にはご理解とご協力をよろしくお願いします。

太平洋戦争末期、激しい戦闘が行われた沖縄戦。

アメリカ軍は沖縄本島の西海岸から上陸し、沖縄本島で戦闘が始まりました。

アメリカ軍が上陸したのは、現在の北谷町から読谷村にかけて、20キロほどの海岸線です。アメリカ軍が上陸をした海岸にはいくつか「アメリカ軍上陸のモニュメント」があります。

1945年4月1日、本島西海岸に上陸。沖縄戦開始。

1945年4月1日朝、アメリカ軍は1,500隻近い艦船と延べ約54万人の兵員で沖縄地方に来襲しました。
(沖縄本島上陸に先立ちアメリカ軍は慶良間諸島に上陸し、激しい戦闘が行われアメリカ軍が占領。)

4月1日、太平洋にある米軍部隊の総力を結集した沖縄上陸が開始された。… 攻略部隊艦艇1213隻、攻撃輸送機175隻、LST(戦車揚陸船)187隻を含む45種類の各種艦艇からなり、これに58機動部隊艦艇88隻、イギリス空母機動部隊22隻、補給修理部隊95隻、特務支援部隊100隻以上を加えると、1500隻を越え、将兵は、海軍2380、海兵隊8万1165、陸軍9万8567名にのぼる史上空前の攻略部隊となった。

《「沖縄 Z旗のあがらぬ最後の決戦」(吉田俊雄/オリオン出版社) 140-142頁より》


そのうち4個師団、海兵隊3個師団など約20万人の兵力で沖縄本島へ沖縄本島中西部海岸(現在の読谷村〜北谷町海岸)上陸を開始。北谷町の海岸にも多数のアメリカ軍が凄まじい援護射撃や艦砲射撃の元、上陸しました。日本軍の守備が手薄だったこともあり、その日のうちに6万人が揚陸しました。

解説:師団
師団とは軍の編成単位の1つ。師団1つで作戦を遂行したりする。師団の下には旅団がある。その国の軍隊のもよるが、1師団5千人〜2万人程度。

引用:wikipedia

当時の証言から、戦艦や多数の船で海岸周辺の海面が黒く覆われていたそうです。

映画「沖縄決戦」で(遅滞作戦のためアメリカ軍上陸地点にいた)「賀谷支隊長」がアメリカ軍上陸時に軍司令部とのやりとりが「船が七分に、海が三分!」というセリフが有名です。その言葉通り、本島中部西海岸は多くの船で埋め尽くされていました。

「(日本軍から)反撃がないのはエイプリルフールだからなのか、出来過ぎた話だ、と海兵隊が語っているほど、日本軍のは反撃はありませんでした。

ここからアメリカ軍は南北に分かれて沖縄本島に侵攻していきます。

しかし、これはあくまでも水際(海岸)での反撃をあえて放棄し、アメリカ軍を首里周辺の防御陣地で反撃するという、日本軍の作戦だったのです。

上陸から1週間しないうちにアメリカ軍の楽観的ムードは変わり、日米双方の泥沼の戦いが始まっていきます。

北谷町砂辺の「砂辺馬場公園内」にある「アメリカ軍上陸地モニュメント」  

上陸地点の1つ、北谷町の砂辺馬場公園内には「アメリカ軍上陸のモニュメント」(冒頭写真)があります。


モニュメントを読んでみると、アメリカ軍の艦砲射撃で海岸線も地平線も山も、地形が変わるほど爆弾を打ち込んだと書いてあり、圧倒的な火力を持って上陸したことがわかります。

砂辺馬場公園公園はビーチと隣接しており景色が良いのと、広い敷地ということもあり、家族連れの方もよく訪れます。私が訪れた日も休日という事もあり、若者グループ・家族・基地関係の人でとても賑わっておりました。その光景からはとてもここが戦場だとは想像ができません。

日本とアメリカの子供たちがバスケットをしていたのが印象的でした。その姿を見て、いつまでも戦争のない世の中であって欲しいと願いました。

北谷の観光スポット「アメリカンビレッジ」から車で10分。夕日が綺麗な「宮城海岸」から車で5分なので、観光ついでに足を運んでみては如何でしょうか。

沖縄戦の戦争遺跡・慰霊碑は以外と観光施設や日常のすぐ近くにあります。

「アメリカ軍上陸地モニュメント」

住所
沖縄県中頭郡北谷町字砂辺1番地4
駐車場
20台
週末は家族連れで大変混みあうので、駐車場が止められない場合も。路上駐車は絶対にやめましょう。

\沖縄観光のレンタカーを予約するならエアトリ/

戦争遺跡の詳細を知りたい方、記事の内容が気になる方、
実際に案内して欲しいというご希望がございましたら、
是非お気軽にお問い合わせください。

戦争遺跡の詳細を知りたい方、記事の内容が気になる方、
実際に案内して欲しいというご希望がございましたら、
是非お気軽にお問い合わせください。

OFUSEで応援を送る

収益は当サイトの運営費、
戦争遺跡調査代として活用させていただきます。