– VOL2 -「米軍上陸の地の碑」読谷村渡具知の戦争遺跡 渡具知ビーチにある米軍上陸の痕跡

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1945年4月1日圧倒的戦力でアメリカ軍は沖縄本島西部に上陸を開始。

なんとアメリカ軍は今の北谷町から読谷村にかけて南北約20キロの長大な海岸線に上陸。

広大な範囲に上陸していることから、米軍の上陸のモニュメントはいくつかあります。

今回はアメリカ軍上陸地点の一つ、読谷村渡具知にある「米軍上陸の地の碑」を紹介します。

読谷村の「米軍上陸の地の碑」

アメリカ軍は1945年4月1日、北谷の海岸から読谷村渡具知海岸にかけて上陸作戦を開始しました。

北谷から読谷にかけて上陸した理由は、上陸後沖縄本島を南部と北部に二分できることや、読谷には滑走路があったこと、また攻撃を支えるために必要な物資の荷下ろしができる、大きな浜があったことがあげられます。

日本軍が宜野湾から南にかけて持久作戦をとる方針であったため、本島中部西海岸沿岸に置いた部隊は僅かだったこともあり、アメリカ軍はその日のうちに6万人が揚陸しました。

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現在はビーチが整備された綺麗な海岸



上陸地点の中心となった比謝川河口付近の丘上には北谷馬場公園のモニュメント同様、「米軍上陸の地の碑」があります。

モニュメントが設置してある高台からは、北谷方面への海岸線が見渡せる非常に眺めの良い景色が広がってます。休日になると北谷の「馬場公園」同様、家族連れや旅行客で賑わいます。

BBQの施設が整っていたり、とても雰囲気が良いです。

北部の有名な観光地に行く道中にありますので、休憩がてら立ち寄っても良いでしょう。

渡具知海岸

当時、この海岸線一帯にアメリカの艦船が押し寄せる光景を目の当たりにした住民は恐怖と不安を感じた事は容易に想像できます。

アメリカ軍の中には日本軍の抵抗が少ないことから、沖縄を早期に制圧できると考えていました。ここから住民を巻き込んだ凄惨な沖縄戦が始まっていくのです。

美しい海が二度と戦艦で埋め尽くされることがないよう祈るばかりです。

【米軍上陸の地の碑】

住所
沖縄県中頭郡読谷村字渡具知228
駐車場
あり

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